自分の無力さを受けとること。

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有言不実行〜炸裂中なり、です。

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明日以降に、、、モゴモゴ。。


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少し前まで、思っていたこと。

祖母や母の健康も、
心の状態も

わたしがしっかりやれば

適切に
ちゃんとした対応さえすれば
、守れる。

そう信じていました。


でもね〜。

そんなこと、

できるハズないのですよ。


健康で
笑顔ですごせるよう
環境を整えることはできても


その結果がどうかは、
わたしにコントロールすることできない。




季節の変化。

病気の進行。

”年をとる”自然な変化だってある。


どんなに繊細に
どんなに注意深く
家族のために環境を”整えたとしても”

その結果が想い通りになることなんて、あり得ない。

相手に気分よく過ごしてもらうために
どれだけ配慮したとしても

その人が気分よく過ごせるか
笑顔で過ごせるかは、わからないんだもの。




うれしい!

楽しい!

しあわせ!!!!



悲しい

苦しい

さびしい

腹が立つ。



どんな気分も感情も、
その人の物であって
わたしたちの物ではないからね。

周囲がなんとかして、
コントロールするものではないんだもの。


どんなに丁寧なケアや介護をしても
それとは関係なく

家族の体調が崩れたり
不機嫌だったりする。
それは
とても自然なことなんだってこと。


家族が笑顔で健康でいつまでもいてほしい。

そう願うことは自然なことだけれど

笑顔でいてほしい!
いつまでも健康でいてほしい!は
わたしたちの願望だから。

あくまでも、
わたしたちの勝手都合だってことを

知っておく必要がある。





わたしたちは誰でも、

誰かの人生を背負うことなんてできない。

悲しみ
嘆きくるしんでいるときも

病で苦しみ
もがいているときも

そして最期のそのときも、

ただ、
見守ることしかできない。



父の最期のときから
10年以上、

ずっと何もできなかったと嘆いていましたが

何もできない。
それが真実なのだと思います。



わたしたちは無力な存在です。



でもね。
無力な存在だと受け入れることは

とても大切なことだとも
思っています。



自分が無力だと受け入れられるから


人を頼り
お願いすることができる。

人に
助けてもらえるから

自分ひとりではできない力を発揮することができる。


無力だと知っているから
自分の手の及ばないものに対して

祈ることの大切さ
祈ることの価値に気づくことができるから。




明日も
大切なひとたちが
しあわせでありますように。


穏やかにすごせますよう。






大丈夫
大丈夫
大丈夫!
何も悪いことは起こらないから^^


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12月28日 
LGO 第5回目の講演会 おもろいでっせ〜!

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今年最後の開催。
懇親会は、さらにえらいことになるのかも!!!


なにやら、おもしろいことがおこりまっせ〜。

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ほな、今日も、明日も最高の一日に!(^∇^)
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比較論にごまかされない。

先日、
ある方から

「家族に障害があるなら、障害者年金もらえてるんでしょ?」

「働いて苦しい家庭より、恵まれてるよね」

「健康な人の方が、大変だよ!」

そんな言葉をちょうだいしました!(←うははは)


その時、
わたしがした返答は

「そうなんです!」

「その面では、我が家は恵まれてるんです〜」

弟が、
障害者年金をもらっている
ウソじゃないからね。


この話題で問題なのは、
「比較する話じゃないよ」ってこと。

そして、
情報が少ないと、
見る視点が偏ってしまいやすいってこと。


お話して下さった方も
けして
悪気や
悪意があったわけじゃないんです。

ただ、
介護の問題が
お金、
経済的な問題だけでなく、

時間や
仕事に
大きく影響することが問題なのだと、
”知らない”だけかな、と。


毎日、
ニュースで流される情報は
不安な気持ちになるものばかり。

子どもの貧困。

ワーキングプア(働けど、働けど、苦しい生活)。

孤独死、無縁社会。


どれも、
これも、

全部が”社会問題”!


たくさんの人たちが

それぞれ違う環境下のなか、

頑張って来たけど
苦しい状況から抜け出せないことが
問題。

そして、
ちょっとした
思いもよらないことで
その”問題ある状況”

誰もが陥る可能性がある!

誰もが
苦しい状態に
”落ちてしまう可能性がある”のが

今の日本の現状です。



あの人に比べたら
あなたは恵まれてる。

このワナに
みんなハマりやすいけど

それは、
まったくナンセンスな話!

だって、
社会問題同士の
”大変さ競争”をして、
何の意味があるの?


個人の努力では
解決できない問題が
あふれていることについて、
もっと
目を向けないといけないんじゃないかな?


介護をとりまく状況もね、
個人の努力では
どうしようもないことで
あふれています。


”介護が必要となった”ときに、
それまで暮らしてきた地域で、
暮らすことが難しくなる”こと。

”病気や障害”で
自宅で暮らせなくなったときに、
自宅に変わる住処がない”こと。

そして、
現状では、

”介護が必要な人を支えているのが家族”が中心。

だから、

”家族に介護が必要”となれば、

”自分が仕事をやめざる終えない”
現状が問題なので

誰かと
何かと
比較して

「あの問題よりは、マシでしょう」なんてことは
無意味。

そしてよく、

「家族3人を一人で介護をしているきょんさんと比べたら、
わたしの苦労なんて、
たいしたことないんです」

そんなメッセージをいただくことがありますが

「三人を介護しているあなたと比べれば、
一人しか介護をしていない私が泣き言をいっちゃだめ」
そう!
”自分をおとしめて考える”必要なんて、ない!!

だって、

介護が必要となったとき、
当人、
家族をとりまく環境が
とても厳しい!!!!
そのことが問題なんだから!



状況はそれぞれ違うけど
みんなが苦しんだ!ってこと。

あなたの苦労に比べれば
わたしの苦労なんて”へ”でもないなんて
自分をおとしめる言い方、
やめませんか?

逆に
「わたしに比べれば、あなたは恵まれてるのよ!」
そう、
自分と状況が違う人たちを
責める言い方を
やめませんか?

それよりも、
大事なことがあります!

それは、

一人
一人が
苦しい状況にあることを

その
一人一人の声を
発していくことが大事!!!


みんなが抱える
苦しくて
苦しくて
苦しくて!!

声にならない声を
出していきませんか?



新しいチャレンジと向きあう
アラフォー女子に
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昨日、
また新しい決意をしました。



心理学のうちの師匠に
直々に
カウンセラーになるための
トレーニングを受けさえて欲しいと
宣言しました。

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そうすると、
プロのカウンセラーを
目指す仲間が出て来たり。


昨夜は、
じつは
反抗期で
あ・え・て
師匠に喰ってかかった私ですが

反抗期の何が悪いねんぐらいの勢いで

今日も、一日、学びます!

行動するのみ、ですよん

人生は一度きり。
楽しみまっせー!d( ̄◇ ̄)b グッ♪



愛っていうのはね。。。(なんちゃって)

ha-toburogu


今月、3度目の上京で、お部屋に籠って勉強しました。

少々、疲労が溜まりますが、たのしっっっーい時間でした。




最近、なぜだか恋愛相談を受けることが増えました。

アラフォー、シングルのわたしくに

何を聞くんじゃ!ってなもんですがゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ

おかげさまで、友人たちは、わたしと話すると、

すっきりするそうで、お役に立てて、なによりだわ〜。です。



さて。

友人たちの悩み聞いていて気づいたこと。
その多くが
「○×してくれなかった」と怒っていることが多い。

これは、恋愛問題にかかわらず、子育て、会社での人間関係での悩み。

多くの人が、共通して感じていることでした。

この共通点に気づいたので、
わたしは「○×してくれない」と悩んでいる友人たちに、
同じ質問をしてみました。

「”○×して欲しい”という自分の希望を、ちゃんと相手に伝えられてる?」


メールでも、直接でもいい。

ちゃんと「わたしはこれを望んでいます!」と言ってるか?

この質問をすると、ほとんどの人が、

「言っていない」と、返事がありました。


具体的には、
「メールの返事ちょうだい、電話してって言えない」

「相手が迷惑かな?と思う」

「重たいオンナになりなくない」

だから、「言わない」「言えない」。

でも、「察して欲しい」。

「察して、動いて欲しい」。

「察して、わたしが望んでいる行動をしてほしい」。

わかってくれない!
行動してくれない!!
愛してくれない!!!

と怒ってる。


でも
エスパーじゃあるまいし!!!

ヾ(・ω・o) /です。

もちろん、
冷静に、考えれば、

「言わないで伝わるはずない」ことはみんな分かってる。

でも、
「当事者」は見えなくなっちゃうんですよね。

わたしもそうです。
よくやっちゃうこと!!!


だから、
人にアドバイスを求めることも大事だな〜と感じています。


あと、もう一つ、気づいたこと。

わたしたちは、
相手の行動、一つ一つに、勝手な意味付けをしている、ということ。

○×してくれたから、わたしは愛されてる。

逆に、
○×してくれなかったから、わたしは愛されていないと感じる。

例えば、
自分が望んでいること

自分が欲しいこと

自分を満たしてくれること

それをしてくれたから「愛されている」と感じる。

それは、確かに「愛されている」かもしれないけれど、

それだけが「愛の証」なのか?


逆に、

望んでいた自分の希望を満たしてくれなかったことが、

「愛されていない証」になるのか?????

実際には、わからなーーーーーい。


わたしたちは、

相手の望むこと、

希望すること、要求にできるだけ応えたい。

でも、時と状況、場合によっては、
すぐに、そのことに「応えられないこと」もある。

でもね、すぐに「応えられないこと」が
「愛していない」わけではないでしょう?

もちろん、
そんなこと、わかってるよ〜。

わかってるけど、つい、思っちゃうのっっ!

だって、不安になるやんっっっっ!!!

ですよね。

そう!
「わかっちゃいるけど」この感覚が大事だと思っています^^

すぐにはできない。

でも、「そうそう、そうなんだよ〜」と、
うだうだしちゃう自分へ「てへっ」笑いをする余裕。


「また一人拗ねをしちゃった」

「またこのパターンで、ケンカしちゃった〜」

「また被害妄想で、人を攻撃しちゃった〜」


そんな、自分に「てへっ」と笑ってあげて、

自分のことを「そんな自分も、スキ!」と言えること。


「○×して〜!!!してして!!!!なんでしてくれないの!!」と
怒ったり、
相手へ要求と突きつけたり、
相手から奪うばかりではなく、

相手へも、
自分へも「てへっ」と言える余裕も、

愛じゃないかな、なんて

最近感じています。



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欲しいものを欲しいという。
直球ど真ん中で、言葉にしてみる。

Yes、Noは相手にゆだねる。


お友達から、言葉にして練習してみるのもいいかも^^V

選択肢は、いつも自分の手の中。

空 女の子 自由

今朝、朝イチでの特集、「もし私が介護できないと、言ったら」を、
バタバタ用事をしながら、見ながら、ふと、

母の施設入居について悩んでいるのは


「今の生活、家族を手放せないのは、自分なんだ!」と改めて思いました。


わたしは10代から、母の心の病と向き合って来ました。

最初は鬱病。

そして、アルコール依存症。

脳梗塞、脊柱圧迫骨折、パーキンソン病。

次から次へと病気が出て来て、
母はどんどん動けなくなっていきました。



母が心を病んでいた時、わたしは呪いの言葉をつぶやいていました。

「こいつが倒れたら、絶対に施設にいれる」

ずっと、母が憎かった。

ずっと、母のケアをしている自分にも腹を立てていたのです。


それが、母は突然、クモ膜下出血で倒れ、意識不明状態に。

「倒れたら施設に入れる!」と自分で誓っていたのに、

母が意識が戻らないときから、自宅へつれて帰ることをずっと考えていました。


そして、実際に、母を自宅へ連れて帰ることができました。


母を介護してきたことに、後悔はありません。

大変なこともたくさんありましたが、

理学療法士として必要なこと、人間として必要なことを

母の介護を通してたくさん学びました。



でも、ずっと頑張ってきた結果、

介護に燃えつき、疲れきってみて、気づいてしまったのです。

たくさんの思いこみをしていることに。



「自分が直接ケアすること」が愛だ、と信じていた。

「家族がいるから、わたしは家を出ることができない」と信じていた。

「家族全員が幸せになってから、自分が幸せになる権利がもらえる」と信じていた。

これらは、すべて無意識の状態。
無条件に、「わたしの世界はこれしかない」と思っていた。

そして、
ひとりですべてを抱え込み、

疲れ切って燃え尽きた。



ある人から、こんな言葉を投げかけられたことがありました。

「あなたが明日死ぬ、とわかっていても、今の生活に執着をしますか?」


答えは、NO。


疲れて、

母や祖母に怒鳴ってしまう

今のこの状況を望んでいるわけじゃない。



それに

わたしがいなければ

家族が成り立たない状況のままでいることは


ほんとうに
愛なのか?



家族だけで

みんなぴったりとひっつき、

誰の手助けもいれない状態が、本当にいいことなのか?



「誰か一人、欠けてもダメ!」なんて状態はおかしい!


家族のつながりを大切にしたくてがんばってきたけれど、


今の家族の状況は
”つながり”ではない。

「依存している」だけ。


つながりではなく、「癒着」

べったりひっついている状態なのだと。



実際、
私が母たちの入居手続きを進められないのも、

自分が家族に「執着」し、「癒着」しているからだと気付きました。




プロの手を借りることが

「当人」や

「同居する家族」が嫌がるから、と理由を語る人も多いですよね。

それは、事実だけれど、もう一つの事実

「家族が嫌がるのを見る事が、

 自分がイヤなのだ

ということに

きちんと向き合う必要があると思うのです。


嫌がる家族を見るのが辛い。

嫌がる家族を見るのが悲しい。


家族が悲しむことが見るのが辛いのは、”自分”で

見るのが辛いから、

サービスを使えないのだと気づくことが大切だと思うのです。



そして、

「自分が家族を手放せないのだ」という事実に、

目を向ける必要があると思うのです。




介護サービスを利用すること、

通所サービスを利用すること、

入居サービスを利用すること。

それぞれの場面で、


わたしも

何度も、
何度も、
何度も、

迷い
苦しみながら
様々な選択をしてきました。


苦しかった当時は、

自分には選択肢がない!


どうしようもない!!!

そう感じていたけれど


振り返ってみると、

いつも、

どんなときでも

「自分が選択した」のだと気付きました。


重度の身体障害を持った母を

在宅介護をしよう!と決めたのも、


介護休業を取得して介護に集中する、と決めたことも、


自分だけの時間を作るために休職したことも。


すべて、

自分が選択して、行動してきた。



どんなときでも

自分が選択している、ということ。



どんな時にも、自分の手の中に選択肢がある、ということ。

それに気づくと、

母の特別養護老人ホームへの入居手続きを進めたくないから

「300人待ちだし」と申請すらしなかったことも、


祖母がショートステイの利用を嫌がるのがみたくなくて

ショートステイの利用を控えてきたことも、


結局は


自分が選択したことなんだなって。



今、この生活は

すべてわたしの選択したことで成り立っている。


そう感じたとき、

なにかふっと落ち着く感覚を得て


今朝、
特別養護老人ホームへ

母の入居書類を提出してきました。



面談やら、なんやらあるか?と思いきや、何にもなし。

窓口で、書類を受け取ってもらうだけでした。

拍子抜け。

行動するまでに、いろいろと「妄想」していましたが、

実際、行動していみると「へ」みたいなものでした。


一歩前に出るまでは、不安。怖い。

でも

一歩前に出れば、そこには安心がある。


いま、そう感じています。


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敏腕ケアマネG原さんの文章を読んで

ああ、わたしがんばってるかも、とようやく思えて

泣いちゃいそうな今日は

晴天です。


いつか、

今日の苦しさも笑い飛ばせる日が来ると信じて。


今日も1日よくがんばったー!



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自由になっていい!
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そう、自分が自分に「許可」できると
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家庭だけでなく、
仕事でも、
新しい選択肢がどんどん出てきました。

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幸せになる。
自由になる、そう”決めるだけ”で
物事は動き出します 

どんな選択をしても、いいのだと、いうことも、
今回、改めて感じています。


今日もいい日だ!
σ( ̄(●●) ̄)!ぶひ。

ホントに自分が望んでいるものは何?

鳥かご自由(ブログ用)

今日から6月!
梅雨の晴れ間の週末、みなさんはいかがお過ごしですか?

本日、我が家のテーマは「共同作業」に設定して、遊びながら過ごしています。

弟と野菜直売所へ行って買い物。

買って来たスナックエンドウのすじ取りを、祖母にお願い。
昨日のグリンピースと同じように

スナックエンドウの中身を
祖母が取り出そうとしたのには、ちょっとびっくりしましたがΣ(゚д゚;) ヌオォ!?


弟と洗濯を干す。

時間をゆっくり使える、と思うだけで
いつも煩わしく感じている家事も、楽しく感じています。


さてさて、母の入居手続きの件!

1週間経過して、まだ有耶無耶(←うやむやって、漢字あるんですね!?変換でびっくり)。

6月入っちゃったじゃない〜!?状態ですが、

姉とも話し合い、少しずつですが、気持ちの整理がついてきました。



書類を出す、出さない、が問題なのではなく、

「何に対して自分がこんなにも抵抗しているのか!?」を

自分で整理したいんですよね〜。

理屈っぽい、左脳オンナなもんでo( ̄ー ̄;)ゞううむ



時間をかけて、考えることで、
だいたいのことは整理できてきました。


父の死後、母たちを守りたい、と思ったのは、

「家族という安心できる場」を自分で作り、

自分望んでも手に入らなかった

”家族のあたたかさ”を作り出したかった。

そして、
子どもの頃、自分が感じていた

「自分は家族に迷惑をかけた」(←虐待を受けていた子どもの多くが、感じることだそうです!)

「家族を守れなかった」

「家族を幸せにできなかった」という罪悪感を解決したくて、”していた”こと。

つまり、
「役に立てなかった自分」が罪滅ぼしをするために、

「自分は家族の役に立っている」と感じたかった。

そのために、”家族の介護”を利用していた。



家族の介護やケアで、長年、無意識にしていたことがあります。

それは、
「自分にしかできないこと」を作り出して、

施設への入居手続きはもちろん、

姉や、周囲からの助けを拒んでいた。


「自分が直接ケアしなければ、家族は不幸になる」


と、思っていた。


家族を守れるのは自分だけ、そう、本気で信じていたのです。


でも、介護は、1人で抱え込んでできるものではない!!


実際、”1人で介護を抱え込んだ結果”、私は実感していいます。


これは、人生におきるできごと、すべてに言えることだと思いますが、

生きていれば、誰かの手助けが必要なことがたくさんある。

その度ごと、”助けて下さい!”と言わなければならないことが出てくる。

人に、頭を下げなければならない時もでてくる。

そして、
人から差し伸ばされた手を、”受けとる”勇気も必要となってくる。




周囲から、差し伸ばされる”手”や励ましの言葉は、

もしかしたら、

自分の
”欲しい言葉”でも

自分が欲しい”手助け”でないかもしれません。


「自分の欲しいもの、欲しい形」ではないとしても、

一旦、”受け取ってみる”ことも、

家族を守るため、

そして、自分を守るために、

大切なことだと感じています。


そしてね、イヤだと思って、悔しいと思いながらも、

勇気を持って

人からの”助け”を受けとってみるとね、気づくんです。

「これは欲しいものじゃない!!!」と抵抗していた自分だったけれど、

差し出されたもの、その奥深くに

自分が欲しかった愛や思いやりが、
たくさん詰まっている、ということに。




今、わたしは、悩んだり、拗ねたり、抵抗したり、

ありとあらゆる自分の気持ちと向き合っています。

結果を先延ばしにしたくなりますし、

何もなかったように、逃げたくもなります。


でも、うやむや、と悩んでいるうちに、

ようやく、

自分の本当の気持ちに向き合うことができました。




幸せになっていい!

もっともっと、幸せになっていい!!

そして、


自由になりたい!



家族は大切。

家族を愛している。

でも、

”自由になりたい!!!”

この一言を、わたしは自分に許可できていなかったんだ!!!

そう感じられただけで、

泣きながらも、とても心が軽くなりました。

自由になりたい!!

自由になっていい!!!



ケアマネや、たくさんの人からのアドバイスを”受け取り”、

今、ようやく、私は、私の気持ちに、正直になれることができはじめています。


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今夜は、春キャベツで
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意気込んでたのですが

豚肉を買い忘れて、
一気にテンションだださがり。。

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大阪生まれの大阪育ち。

お好み焼きの基本は
豚玉なんです。ううう。
プロフィール

橋中今日子 (滋賀のきょんちゃん)

Author:橋中今日子 (滋賀のきょんちゃん)
介護者メンタルケア協会代表
カウンセラー
メンタルコーチ
理学療法士

理学療法士・リハビリの専門家として病院に勤務して14年目。
脳性麻痺の方、
脳血管障害の方の
リハビリを中心に仕事をしてきました。
家族関係、
人間関係に悩んだのをきっかけに、
心理学を学び始めました。

[プライベート]
認知症の祖母と要介護5の母と知的障害の弟との4人暮らし。
H28年に重度身体障がいの母を看取り、
現在は、認知症(要介護3)の祖母と、知的障害の弟(A判定)との3人暮らし。
一時期は疎遠になっていた姉に協力してもらえいながら
介護歴22年目の年がはじまりました。

21年間の介護経験と
3年間でのべ500件以上寄せられた
介護に関するお悩みから見えてきた
「介護離職しない」
「介護疲れを予防する」
「介護で自分のしあわせをあきらめない」
ためのヒントをまとめた本、
「がんばらない介護」が
3月17日
ダイヤモンド社より出版されました!

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