介護に燃えつきていたころの事2


介護に燃えつきていたころの事 1の続きです〜


今まで
何も感じずに”こなしてきた”こと、

一つ一つが苦痛に感じ始めました。


祖母が洗ってくれた食器に
汚れが残っているのを見て
「わたしの邪魔をするな!」と叫んだり、


手が不自由な母の
口腔ケア(歯磨きの手伝い)をしているときに、

「どうして、こんなこともできないのよ!」と母を怒鳴ってしまったり。

ときには
母のオムツを替えながら、

自分でも訳もわからず

「もういやっっっーーーーーーーー!!!!!」
と叫んだこともありました。

些細なことにイライラする。

祖母や母に対して
怒鳴り散らし、物を投げる。
 
あるときは、
何度も同じことを話し、
混乱し続ける祖母に
イライラがとまらず
突き飛ばしそうになったこともありました。
 

不思議なことですが、
ここまで
”異常な状態”にあっても、 

自分では
自分が限界にきていることに
気づけなかったのです。 

なぜなら、
家の中で暴れている状態が続いていても、

一歩家を出れば、
笑顔でいられたから。
 

仕事場で患者さんと話すとき、 

同僚と何気ない会話をするときは

にこやかで
穏やかな自分に戻れていました。
 

常勤で
理学療法士として病院で勤めていたことは

職場と家との往復だけで
時間に追われる日々でしたが、

家を出て家族と距離をとれていたことで、
”外の顔”を保つことができ、

家では狂ったように
わめき散らす自分がいても
 
かろうじて
”平常心の自分”を
取り戻すことができていたのだと思います。


でも、
何をどう工夫しても

仕事と
介護の狭間で時間に追われ続ける毎日。 
 
睡眠時間は
いつも2〜3時間。
 
それも
家族のトラブルが起こる度、
対応をしなげればならないから、
いつも細切れに、
なんとか眠る状態。

そんな状態が続くなか、

職場でかろうじて保てていた
”おだやかな自分”さえも見失い
 
仕事にも支障をきたすようになっていきました。

 
朝、
体が鉛のように重たくて起きられない。 

祖母や母のトラブルがないのに、
朝の支度に時間がかかり、
遅刻をする。 

職場で
ちょっとしたことでイライラする。


家の中でも
職場でも、
いつもイライラ。

仕事のミスも増えていきました。



それでも、
誰にも言えなかった。 

家族を守りたくて始めた介護なのに、
家族を怒鳴って傷つけてしまうこと。

このままだと
家族を殺しかねないほど
殺意を抱いている自分を
 
誰にも見せられない、と思いました。 
 
この状況から抜け出したい!
 
でも
どうしたらいいのかわからない!
 

がんばれば、がんばるほど
疲れ果てて
家族を怒鳴り続ける悪循環のなか、

「わたしは最低だ」と思い、
「自分は狂った」とも思いました。 

何度、
このまま死んでしまいたい!と思ったかわかりません。 
 
今でも、
あのとき、
たまたま、
家族を傷つけずにすんだけれど、 

何かが違えば、

わたしは
家族を傷つけ、
わたし自身も自ら命を絶っていたかもしれない。
そう感じています。


わたしが運が良かったのは、

叫び続ける自分に、
疑問をいだける心の余裕があったことです。


毎日、
毎日、

家族に怒鳴る日が続いたとき、

「あ、これは、なんだか違うぞ」とふと思えたのです。


なにか、
とてもいい方法を見つけたり、

情報を集めること、

つまり

がんばることで

この苦しい状況を脱出しようとしていたけれど、

がんばるだけでは、
どうにもならない
、とふと思ったのです。


もしかしたら、

体が疲れきっていて

余裕がないから、怒鳴っちゃうのかもしれない。



第三者から見れば

「そら、そうでしょう。はよ気づけよ!」ってなものですが。


叫んで
暴れる日を
1ヶ月近く続けてはじめて、


「わたし、限界かも」と思えたんです。



この時点でも、

まだ「限界かも」なので

どれほど
自分の疲労に対して
自覚が乏しかったかゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ


休まなければいけない、と思いました。

でもね。

「限界かも」と感じても、

まだ誰にも相談できなかったんです。


もうちょっとがんばったら、

わたしが頑張れば、

状況が変わるかもしれない、と思って。



でも、
状況は変わらず、

家族を怒鳴る日が続きました。


どうしたらいいのかが、わからなくなったとき、

その状況を救ってくれたのは、

知的障害がある弟でした。

弟は、
祖母や母に
怒鳴り散らしたあとに
泣きわめくわたしの側でそっと寄り添ってくれました。 


そして
普段、
ほとんど言葉を発することのない母も、

泣きわめくわたしに
不明瞭な言葉で
でも、はっきりと
「きょうこさん、にーって笑って!」と励ましてくれました。

(この時のできごとは、弟を紹介します 笑顔
 で紹介しています)


母と弟のやり取りを通じて、

はじめて

家族を傷つけることを、
望んでいないこと。


だから、
悔しいけれど、

自分ひとりではどうしようもない、

この状況を受け入れようと思いました。


そして
はじめて、

「わたしは限界にきている」

「頑張って来たけど、もう、頑張れない」ことを

受け入れようと思いました。


自分ひとりでは
どうしようもない現実を受け入れられたとき、

はじめて、

「誰かに弱音を吐こう!!助けを求めよう!」と思えたんです。


家族にあたり出してから、
1ヶ月以上は経っていたと思います。

1ヶ月毎日叫び続けてはじめて、
 
周囲の人に
助けを求める
許可を自分に出すことができました。
 


そして


「疲れました」


今まで
絶対にできなかった

誰かに
助けを求める心の準備が出来ました。


介護にもえつきていたころの事 3〜に続きます。

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プロフィール

橋中今日子 (滋賀のきょんちゃん)

Author:橋中今日子 (滋賀のきょんちゃん)
介護者メンタルケア協会代表
カウンセラー
メンタルコーチ
理学療法士

理学療法士・リハビリの専門家として病院に勤務して14年目。
脳性麻痺の方、
脳血管障害の方の
リハビリを中心に仕事をしてきました。
家族関係、
人間関係に悩んだのをきっかけに、
心理学を学び始めました。

[プライベート]
認知症の祖母と要介護5の母と知的障害の弟との4人暮らし。
H28年に重度身体障がいの母を看取り、
現在は、認知症(要介護3)の祖母と、知的障害の弟(A判定)との3人暮らし。
一時期は疎遠になっていた姉に協力してもらえいながら
介護歴22年目の年がはじまりました。

21年間の介護経験と
3年間でのべ500件以上寄せられた
介護に関するお悩みから見えてきた
「介護離職しない」
「介護疲れを予防する」
「介護で自分のしあわせをあきらめない」
ためのヒントをまとめた本、
「がんばらない介護」が
3月17日
ダイヤモンド社より出版されました!

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